東北新幹線

仙台編〜ばざーる君の旅日記(by ばざーる君さん)

東北新幹線
ばざーる君のお友だちが定禅寺ジャズフェスティバルで
演奏することになったので、密かに聞きに行ったでござ〜る。
某所で海底探検?もしたでござ〜る。

【旅行時期】2002/09/07~2002/09/08
【エリア】仙台・作並・秋保
【テーマ】
【投稿者】ばざーる君

1986年北海道鉄道旅行 思い出し旅行記(by ジルルカさん)

東北新幹線
皆様の原点となった旅はなんですか?
私の原点となった旅は、1986年、当時中学1年生だった時に友達と二人で行った北海道への鉄道旅行です。
今でこそ飛行機にどっぷりつかっている私ですが、当時は一人の鉄道少年でした。
当時の私にとっては北海道(の鉄道)はまったく未知の世界で強烈なあこがれを抱いていました。中学に入り親からの許可も出て勇躍北海道に向かったのです。
今振り返ると、もっと有意義な旅行のプランもあっただろうにと思いますが、当時の私には精一杯のプランだったような気もします。

この旅行記は当時を思い出しながら書きました。なにせ20年前でしかも中学1年生のことですのであいまいな点、思い込み等多々あるかと思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。


<1986年8月7日>
いよいよ念願の北海道旅行への出発、大阪駅で友人と待ち合わせ
朝8時頃の急行「たかやま」の自由席に乗り込んだ。
持っている切符は北海道ニューワイド周遊券、本州内は急行の自由席に追加料金なしで乗れるので嬉しい。
「たかやま」の車内のことで記憶に残っていることは正直全くない・・・岐阜で降り、後続の普通で名古屋に駒を進める。
名古屋駅では母方の祖母が待っており、駅弁「とりめし」を差し入れてくれた。
名古屋から浜松行きの快速に乗る、当時は東海ライナーと呼ばれていた117系の快速、関西の新快速で見慣れている車両。
浜松で乗り換え金谷で途中下車。
金谷で降りたのはもちろん、大井川鉄道のSLを見るため。SLを見るのは、その2年前の1984年に父方の祖母と山口へ「SLやまぐち号」に乗りに行って以来2回目。
金谷で見たのはC56の44号機が引く列車だったと思う。
金谷からは静岡から急行「東海4号」になる普通に乗り、一気に東京に向かう。その日の「東海4号」はがらがらで付近に乗客がいなかったのでずっと窓を全開にして景色を楽しんだ。
東京に着いたのはもう夜、すぐに山手線に乗り換え上野に向かう。
上野から乗る予定の秋田行きの臨時寝台急行「おが」までは2時間ほどあり、まずは駅ソバで晩ご飯、たしか「たぬきそば」を頼んだら大阪のとは全然違う醤油味のソバでカラシ?が椀に盛られていてびっくりした。しょっぱいソバだった。
「あけぼの」や「出羽」「北陸」など今まで見たことのなかった列車を見て大満足し、「おが」のB寝台に乗り込む。
「おが」は20系客車だった、結局20系寝台車に乗るのはこれが最初で最後の経験となった(20系座席車は急行「だいせん」で何度か乗った)。

<1986年8月8日>
なにせ東京以北(以東?)に来るのは初めてなので、何から何まで珍しく、眠れない。
黒磯、福島の機関車交換もしっかりみて、米沢あたりでやっとうとうとする、でも20系の3段寝台はやっぱり狭い。
朝になり終着の秋田で下車。
ここで上野からの急行「津軽」に乗り換える、「津軽」は14系座席車だったと記憶している。
さすがに客車列車だけありのんびりという感じで走ったが、終着間近の弘前から先で、急に行き違いの為の運転停車が増えなかなか青森に着かない・・・やっとという感じで青森に着いた時には午後になっていた。
青森からは青函連絡船、もちろん初めての乗船。鉄道少年だった僕が船に心惹かれるのも変だが、乗りたくて乗りたくて仕方なかった・・・やっと夢がかなう。
シップは「羊蹄丸」。確か青森桟橋発16時くらいだったと思う、特に本州からの接続列車のない便だったので船内はがらがらだった。船内食堂で「海峡ラーメン」を食べる、これも夢だった。
函館に近づき甲板に出てみる、もう真っ暗だった、だんだん函館の灯りが近づく、タグボート?が接舷し岸壁横でグルーっと180度旋回する。あんな大きな船体が回る、すごい迫力だった。函館桟橋着。
いや〜、北海道初上陸。中学1年の私は海外に来たような気分になっていた。
函館からは夜行の普通列車で札幌に向かう。

<1986年8月9日>
函館から札幌行きのの夜行列車は函館線経由の普通列車と室蘭線経由の臨時急行「すずらん」があったと思う。
今日は函館線経由の普通に乗る、旧型客車で編成された列車で最後尾の1両はカーペット車だったと記憶している。
早めに入線してきたので乗車し出発を待つ、車内はがらがらだった・・・が、出発間際に連絡船が到着すると遠くから走る足音が聞こえてくる、乗り継ぎ客がみんな走ってくる。あっという間にほぼ8割の乗りになり、びっくりする。
中学生の2人組は珍しいのか、前の席に座った大学生がしきりに話しかけてくる、旅慣れた方のようでいろいろと北海道について教えてもらう、「俺は倶知安で降りて胆振線に乗るけど、一緒に来ない?」と誘われるが初志を貫いて札幌に向かう。結局、胆振線は乗る機会がないまま廃線になったので今となれば彼の誘いにのっていればよかったなと思う。
朝になって札幌着。時計台を見学してから駅構内のハンバーガー屋で朝食、ポテトフライがマックのようなフライではなく、皮付きにポテトフライでとっても美味しかった。
ここから何故か来た道を帰り小樽に戻る、あまり記憶はないのだが当時の切符を見ると銭函と小樽築港で途中下車している。
小樽からは急行「ニセコ」函館行きに乗る、「ニセコ」は14系座席車で編成されていた。
小樽乗車時ですでに空席がなく、最後尾の車掌室の横の後ろが見えるデッキに陣取って流れる景色を見ていた。ここでも車掌さんが話掛けてくる「何年生?」「どこから来たの?」等など・・・
「ニセコ」は倶知安で暫く停車、一旦外に出ようと改札に向かうと車掌さんも後ろをついてきて改札の人になにか話している。
列車に戻ると車掌さんが「ほら、これ胆振線の車内補充券、日本一大きい切符なんだよ」と言って1枚ずつ切符をくれた、先程わざわざ改札まで行っていたのはこれを貰いに行ってくれていたのだ、感動してお礼を言う。
倶知安で降りた人も多く、親切な車掌さんの薦めで空いている自由席に移る。函館本線の小樽〜長万部には山線という異称があるが山線は景色がほんとに綺麗だった。長万部で下車。
長万部からは網走行きの特急「おおとり」に乗車した、満席だったので食堂車に行く、しかしお金がないのでライスとサイダーという今となっては赤面ものの取り合わせの食事をする、不憫に思ったのかウエイトレスの方がお漬物をたくさんおまけしてくれた。「おおとり」は伊達紋別で下車。
ここからの記憶は正直言って曖昧、普通列車で東室蘭まで行き、千歳空港(現在の南千歳)まで臨時の気動車急行に乗ったような気がするがどうも思い出せない。
夕方になり千歳空港から臨時の急行「狩勝」に乗り換えるて石勝線に歩をすすめる、この列車も満席でデッキに立つ。楓駅の変わった構造を車内から見た記憶がある。
急行だが臨時なのと対向列車が遅れているようで新夕張、占冠で長時間停車し、今日の目的地新得に着いた時はもう暗かった。
今日のお宿は当時新得にあったSLホテル、SLと寝台車(確か20系のA寝台車だったと思う)のホテル。駅で電話をすると車で迎えに来てくれた。
晩ご飯はジンギスカン、やはりかなり疲れていたのかすぐに眠りに就いた。

<1986年8月10日>
今日は早起きしてホテルの方に駅まで送ってもらった。
普通列車で帯広まで移動、そこで士幌線に乗り換える。帯広からは「愛国から幸福ゆき」の切符で有名な広尾線も出ており、どちらに乗ろうか迷ったのですが、一部がバス代行路線という士幌線を選びました。
そうなのです、この士幌線、途中の糠平から終点の十勝三又までは上士幌タクシーという会社がバスで代行運転していたのです。
列車が糠平に着くと駅前にバスが待っていました、今日は超満員で中型バスと小型バスの続行運転になりました。
終点の十勝三又に着くと、降りる人のほぼ全員が周遊券を見せて降りていた、実際にこの区間のためにお金払って乗っていた人は見かけなかったので経営的に大丈夫なの子供心に気になった。
十勝三又は草に埋もれた転車台があるだけで他に何も無かったような気がする。折り返し便で帯広に戻る。
帯広からは特急「おおぞら」で釧路に行く、帯広で降りた人の席に座れた、この列車も混んでいたのでラッキー。
釧路で1時間ほどの乗り継ぎ、荷物をプラットホームに置いて改札を出る、戻ってくると僕達の荷物を囲んで駅員さんたちが鳩首会議・・・忘れ物と思ったそうだ、お騒がせしました。
釧路から釧網線の急行「しれとこ」に乗車した。
車内は五分の乗りで、静かで落ち着いた雰囲気だったが、斜里駅に着いた途端様子が一変した、ユースホステルのお迎えかお見送りかわからないが、大勢の人々が歌を歌って踊っていた・・・UFOの歌だった、えらいパワフルだった。
網走に着いた、ここで急行「大雪」に乗り換える。

<1986年8月11日>
今日のお宿は札幌行き急行「大雪」の自由席、14系座席車。
方向転換のある遠軽までは起きていようと思っていたが、北見で限界・・・朝、岩見沢付近で目が覚める。
札幌では2日前にも食べたハンバーガー屋で朝食、やはり美味しい。
札幌からは天北線経由稚内行き急行「天北」に乗る、この「天北」車両運用の関係で昼間の急行なのに14系座席車と14系寝台車で編成されていて、寝台車は自由席車として使われていた、もちろん寝台車の自由席に乗車する。
お盆も近いせいか車内は満席、浜頓別に帰省するというご家族と同じブロックになり、お弁当などをおすそ分けしてもらう。
「天北」で印象に残っているのは、車内販売の「かつサンド」がすごく美味しく友人と2人で4箱も食べてしまったこととやはり昼間に乗る寝台車の雰囲気、上段寝台でのお昼寝は気持ちよかった。
天北線分岐の音威子府駅名物の駅ソバを車内に持ち込んで食べる、浜頓別で下車する先ほどのご家族からは食べ切れなったパックのお寿司をもらう・・・が、これが納豆巻きで、関西生まれの二人は食べれなかった・・・今日は食べてばっかりの一日。
南稚内で再び宗谷線と合流して、あと1駅。あの南稚内から稚内の最後1駅間の軽く流す感じの走りも印象的だった。
いよいよ最果ての地、稚内着。列車から降りると「宗谷岬」の歌がホームにながれていた。
稚内には友人の親戚がおり、今晩はそこにご厄介になる。
車で元国鉄稚泊航路の桟橋に連れて行ってもらった、確か最北の碑と蒸気機関車があったような覚えがある。

<1986年8月12日>
早くも今日で北海道とお別れにになる。
今朝は宗谷線経由の札幌行き急行「宗谷」で出発、「宗谷」も昨日の「天北」と同じ理由で14系座席車と寝台車の混結、迷わず寝台の自由席に座る。
幌延から羽幌線に乗り換える予定だが、時間があるので一旦通り越して手塩中川まで行って普通で折り返してくる。
天塩中川は急行停車駅だが無人駅で近くのお店が切符を代行販売していてびっくりした。
幌延からは羽幌線、海沿いを走るがあまり記憶がない、留萌線に乗り換えて深川着、札幌には夜に到着した。
札幌駅では函館行きの函館線経由特急「北海」と室蘭線経由「北斗」が同じホームの左右に停まっていてホームは大混雑、どちらに乗っても同じ連絡船に接続するけど、少し空いてそうな「北斗」に乗り込む、奇跡的に座れた。
さて、中学1年での北海道旅行をするにあたって親と一つだけ約束をしたことがあった、それは毎晩必ず電話を入れること、しかしこの晩は札幌駅ホームが大混雑で乗り継ぎ時間もあまりなく電話をすることができなかった。すると「北斗」が東室蘭を発車した直後車内アナウンスが流れた「兵庫県宝塚市からお越しの○○○○様、お伝えしたしたいことがございます、車掌がお通りの際にお申し出ください」・・・母が私の乗る列車を想定し東室蘭駅に電話したのだそうだ、「北海」に乗らなくてよかった・・・結局内容は「家に電話してほしい」とのことだった。
深夜0時を過ぎて函館着。ほんとに短い期間だったが素晴らしかった北海道に別れを告げる、感傷に浸りたいところだが列車の遅れで連絡船深夜便の乗り継ぎ時間も短い、取り急ぎ公衆電話を探すが全て使われていて仕方なく電話を掛けずに船に乗り込む。行きと同じ「羊蹄丸」だった。

<1986年8月13日>
今晩は青函連絡船深夜便ということもありグリーン指定席を予約してある、列車のグリーン車よりもリクライニングの角度が広く快適。
桟橋出航を甲板で眺めて席に着くとすぐ眠ってしまい、目覚めると既に青森桟橋に接岸していた、確か3時間50分の航海だったと思うので青森着は4時過ぎか。
青森では連絡船の接続を受ける盛岡行きの特急「はつかり」と大阪行きの特急「白鳥」がホームで待っていたが、そのどちらにも乗らず今日は普通列車だけで移動し、東京発の大垣行き夜行列車につなぐ予定なのでホームで普通を待つ、するとホームのスピーカーから「兵庫県宝塚市からお越しの・・・・・」そうそう電話するの忘れてた、早速電話をする。
青森から普通の盛岡行きに乗り込む、12系客車の編成だった。
盛岡で50系客車の一ノ関行き、さらに乗り継ぎを重ねて仙台まで来るがさすがに普通ばっかりの乗り継ぎに飽きてきた、友達と相談して常磐線経由の特急「ひたち」か東北新幹線に乗ることにする。結果東北新幹線を選ぶ、確か宇都宮まで乗ってそこで普通に乗り換えたと思う(なんとなく小金井駅の駅名標を覚えているので)。
山手線に乗り換え21時頃東京に着く、大垣行きのホームに上がると既に大混雑!!初めての大垣夜行で、しかもお盆前という状況を甘く見ていた、まさかこんなに混むもんだとは・・・とても座れそうにない。
列車が入線して乗車開始、やはり座れずに先頭車の運転席後ろのデッキで立って一晩過ごす覚悟を決めた。
定刻23時25分東京発車。

<1986年8月14日>
やはり中学生の2人組は珍しいのか周りの人が気を使ってくれて混んでいるデッキにわざわざ座るスペースを作ってくれた、他の皆さんは立っているのに申し訳ないと思いつつ、もう体力の限界だった、ありがたく座り込むとすぐ寝てしまった。
豊橋で目が覚める。
この後友人は名古屋から新幹線で大阪に戻り、私は名古屋の実家に帰省中の母と合流してお盆を名古屋で過ごす。
6時過ぎ名古屋着。一応私にとってはこの旅行の終着地だ、ほんとに楽しかったけど、やはり中学1年にはかなりのハードな旅だったようだ、その日に母の実家に帰って眠った私は翌日の夕方までずっと眠っていたそうだ。

旅行記 【終わり】

先日この旅行記を書こうと久しぶりに手元の最新(と言っても手元には3年前の2003年のしかなかった)の時刻表を見てみました。
すると86年に乗った急行列車はもうほとんど廃止されていて、青函連絡船を初め北海道のローカル線もだいぶ廃線になっていました、そもそも国鉄がなくなったんですもんね。
もう20年前で記憶に残っていない事も多く残念だけど、あの時代の北海道を味わえて良かったと思います。
最近はなかなか鉄道で旅行に出る事も少なくなったのですがこれを機会に久々に鉄道旅行をしたくなりました。

長い文章にお付き合い頂きありがとうございました。ご意見ご感想等頂ければ幸いです。

【旅行時期】1986/08/07~1986/08/14
【エリア】札幌(北口・大通り)
【テーマ】鉄道・乗物
【投稿者】ジルルカ

路線バスで巡る水都蘇州(by STAMP MANIAさん)

東北新幹線
中国の古都、蘇州を訪問した。
かつて世界有数の大都市として栄えた街であるとともに、「東洋のベニス」とも呼ばれる水の都。
水路の密度はベネチアに遠く及ばないが、それでも、自分の足で歩いてみると、頻繁に水路のある風景に出くわす。
水都蘇州は今なお健在だった。

そんな蘇州を、路線バスで巡ってみた。
海外で路線バスなんてハードルが高そうだが、蘇州の路線バスは簡単に使いこなす事が出来た。
そもそも、路線バスなんて地元住民でも普段使う路線以外は知らないのが普通。
中国人が交通旅游図片手に車窓と睨めっこしている姿を何度も見た。
せっかく漢字が読めるのだから、臆することなく路線バスを利用してみたい。

写真は、宝帯橋の夕日。

【旅行時期】2007/01/06~2007/01/08
【エリア】蘇州
【テーマ】
【投稿者】STAMP MANIA

福島 喜多方でラーメン&SLばんえつ紀行(2005年11月)(by すずかさん)

東北新幹線
勤労感謝の日の11月23日。
普段の自分の勤労に感謝して、日帰りの喜多方でラーメン+SL乗車のツアーに参加してきました。
なんとこのツアーのお値段1万円。

秋深まる喜多方では名物のラーメンを、心地よいスピードで走るSLの車窓からは日本の秋の美しさを、新潟ではヘギそばと日本酒を堪能しました。

”ツアー”というものの参加はいったい何年ぶり?!
と思えるくらい行ってないんですが、SLの中で楽しく談笑させて頂いた板橋のおじさま&おばさま。
ツアーも一期一会があって楽しいものですね。と改めて感じた一日でした。

☆旅行形態:ツアー「JTB旅物語」

★Special Thanks:4トラの「教えてトラベラー」で喜多方のラーメン店を教えてくれた皆さん。ありがとうございました!

【旅行時期】2005/11/23~2005/11/23
【エリア】福島県
【テーマ】鉄道・乗物
【投稿者】すずか

北海道 Merry Christmas in Hakodate(2005年12月)(by すずかさん)

東北新幹線
12月の3連休を利用して函館へ行ってまいりました。
♪は〜るばる〜きたぜは〜〜〜こだて〜〜〜♪
と思わず歌いたくなる電車での旅。
片道6時間をかけて、東北新幹線はやて→スーパー白鳥と乗り換えて函館へ。

函館はと〜〜っても寒かったけど、イルミネーションがとっても綺麗だし、お魚もと〜〜ってもラブリーでした。
冬の函館。素敵でした〜。

旅行形態:グループツアー「JTB旅物語」
交通機関:JR
ホテル :函館温泉ホテル

作成日:2005/12/27

【旅行時期】2005/12/23~2005/12/24
【エリア】函館・大沼・長万部
【テーマ】グルメ
【投稿者】すずか

袋田の滝アイスフォールを期待して(by いっちゃんさん)

東北新幹線
二日目の早朝は予想もしなかった(天気予報は晴れ)雪でした。
予定していた早朝ウォーキングは風雪で中止、ホテルの周りをうろうろ・・・でした。

二日目は塩原温泉を後にして、暖冬なので期待薄だがアイスフォールを見に袋田の滝を訪ねました。
雪は朝の内だけでしたが強風は治まらず高速道は大変でした。
(東北新幹線が強風で止まった日です)

【旅行時期】2007/02/03~2007/02/04
【エリア】大子・袋田温泉
【テーマ】登山・ハイキング
【投稿者】いっちゃん

日光から松島へ 5(by mamimuさん)

東北新幹線
日光を後にし、JRで宇都宮へ。
友人とは宇都宮駅でお別れ。翌日仕事なのに、引っ張りまわしても楽しそうに同行してくれた友に感謝。楽しかった。

宇都宮の駅ビルにある100均で少しお買い物をし、駅弁を購入して新幹線で仙台へ。
東北新幹線に詳しくないので、どれが早いのかわからず、とりあえず一番先に来た電車に乗った。
金券ショップで指定席券を購入しておいたにもかかわらず、時間ぎりぎりで席指定する暇がなかったため、自由席へ。

三連休の最終日ということもあってか、列車内は予想よりも混んでた。
乗った新幹線は早いのではなかったらしく、途中駅で2本くらい抜かされた。
まあ、いいのだ。のんびり駅弁食べて、車窓の景色を見ながらの旅だから。それに、停車してくれないとどこ(何駅)を通っての旅なのかわからないから。

仙台に到着し、迷いながらもホテルにチェックイン。宇都宮を私より30分以上も早く出た友人はまだ家に着いてないらしい。意外と早く着いて驚いた。

で、翌日は仙台から松島へ。

【旅行時期】2006/09/16~2006/09/21
【エリア】松島
【テーマ】
【投稿者】mamimu

日帰りの八戸(by chun.chunさん)

東北新幹線
大宮⇒(はやて)⇒八戸
日帰りで青森って・・・と不安に思いつつも行くことに。
久々の家族旅行。
埼玉で一人暮らしする娘を誘ってくれた両親に感謝!
初めて新幹線に1人で乗りました。
栃木県在住の私以外の家族は宇都宮-仙台間を
「やまびこMAX」で移動。
(「はやて」は宇都宮を通過してしまう)
仙台で家族と合流。

八戸は思ったより暖かかった。
八戸はそれほど雪が降らない地域らしく、
雪もとくに積もってない・・・
これなら、故郷・日光の方がヒドイ・・・
せんべい汁に初挑戦。
結構話題になってるらしいし、せんべい汁の歌も
出てるようだから、食べたかったんだー。
かなりふやけてから食べるのが美味しい。
それから、蕪島に行ってみました。
ここはウミネコの繁殖地で、季節になると蕪の花が
島一面に咲くらしい・・今はナタネの花?
その後、八食センターと呼ばれる市場的な施設に。
両親にイクラを買ってもらう。
やっぱ、市場は安いなぁー
最後にご飯を食べに行きました。
写真にある「貝殻焼き」。
やっぱ、いかが美味しい!お造りのイカもやわらかい!

帰りは1人虚しく、「はやて」に乗って埼玉へ。
でも、大学の授業を休んでいった甲斐はあったなぁ。

※表紙の画質の悪い写真は八戸駅の・・・
 八戸駅構内の・・・えーっと、んー人形?
 お祭りの再現模型みたいな感じのものです。

【旅行時期】2006/12/12~2006/12/12
【エリア】八戸
【テーマ】
【投稿者】chun.chun

2007.01.22 那須烏山から長岡への出張(その1 大金温泉)(by noriakiさん)

東北新幹線
今年初めての出張で、那須烏山市へ行き、ホテルは大金温泉グランドホテルに宿泊

旅行行程
22日: 自宅 →・・→ 大宮 → 宝積寺 → 大金
         (東北線)  (烏山線)
23日: 大金 → 宇都宮 → 大宮 → 長岡
        (東北新幹線)(上越新幹線)
24日: 長岡 → 大宮 → 那須塩原 → 西那須野
25日: 西那須野 → 大金
      (車で移動)
26日: 大金 → 宝積寺 → 大宮 →・・→ 自宅

写真は、宝積寺駅ホームの烏山線駅名表示

【旅行時期】2007/01/22~2007/01/26
【エリア】烏山
【テーマ】出張
【投稿者】noriaki

修学旅行3 大阪城(by chun.chunさん)

東北新幹線
神戸(三宮)⇒大阪⇒大阪城公園前⇒大阪⇒京都


神戸から大阪へ移動。
大阪に初上陸ー!!!ひゃっほーい!!
他の班は道頓堀やアメ村に行く中、
私たちの班は大阪城のみの見学です。
この旅程を見た先生は班長の私を呼び出しました。
「君たちの班は、大阪城しか行かないんけ?」
「そ、そうです・・・お城が趣味なんです・・」
「あ、そう。」
今回の修学旅行を受け持ってくれてる近ツリの人にも
同じようなことで呼び出されたよ・・・2回目。
だって!!班の皆だってお城しか行かないことに賛成
してくれたもん!!
ウキウキの私は宇都宮⇒東京の東北新幹線「やまびこmax」でも
大阪城の本を持参して車内で貪る。
「お城のしおり」も持ってきたぞー!
準備万端!!!
と、いうわけで、やってきました大阪城!!
JR大阪駅から環状線で森ノ宮駅に向かう車内で
大阪城天守閣を発見。
大阪城公園の紅葉前の木々に囲まれて、天守閣はありました。
昔は黒かった屋根も今では緑色に。
ちょっと寂しい。
でも、広い公園を歩くにつれて見えてくる美しいお濠と
立派な石垣は、かつてこの地で国盗り物語が
繰り広げられていたことを感じさせる気がしました。
何度、城主が替わっても、徳川に再建されても、
築城者である豊臣秀吉の意志がこの大阪城にあるような気も。
その当時の大阪城の周りの景色はどんなんだったんでしょう?
とても城下町とは言いがたい街になった今日でも、
大阪城は昔と同じように聳え立つ。
大阪城は街の変わりようを見てきたんだなー。
今の大阪城天守は3代目で、昭和6年に大阪市民の寄付金に
よって復興したそうです。
確かに、エレベーターやら、変わってしまった屋根の色やらは
ちょっと悲しい。
でも、400年以上前に活躍した天下人と同じ地に立ち、
歴史のロマンを感じることの素晴らしさを味わうには
修理や工事ややむを得ない。
そして、地域の人の協力があってこそ、お城は維持される!!!
そうゆう事を大阪城は教えてくれた気がします。
文化財を守って、後世に伝えるのは容易なことではないけど、
現在の技術を駆使して良い状態で保存することの意味を
学べたなーと思います。
これからも林立するビルの谷間に埋もれず、
歴史を伝えて欲しいです。

と、大阪城で色々考えたつつも、ちゃっかり大阪城グッズを
多々購入!!!
今回は下敷きやらストラップ・絵葉書・キーホルダーなど。
(下敷きはこの後2年以上愛用することに。)
それから、ちゃっかりたこ焼き食べました。


大阪観光に満足した私たち(班の他の子も満足したはず・・)は
各駅停車の電車で京都へと帰りましたとさ。

【旅行時期】2004/11/09~2004/11/12
【エリア】大阪城・京橋
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】chun.chun

東北新幹線

東北新幹線 新横浜からの特急券で品川からの乗車は可能

新横浜からの特急券で品川からの乗車は可能新幹線で横浜~東京方面に旅行し、帰りは新横浜から乗る予定で、新幹線の切符を購入していました。しかし、渋谷で遊びすぎてしまい、品川まで山手線で行けば、指定のとってある列車に間に合うものの新横浜まで出ると、とても指定の列車に間に合わない状況になってしまいました。この場合、品川の駅から新横浜から座席指定のある列車に乗車することは可能ですか、また、品川の駅ではこの新横浜から指定のある列車への接続が5分ほどのため、とても乗車券の変更とかの手続きができない状況だった場合、駅係員に乗車券を見せて事情を説明すると、駅員は「車内精算」しろと指示し、新幹線改札を通してくれるでしょうか

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東北新幹線 新幹線・「こだま」「ひかり」について!!!

新幹線・「こだま」「ひかり」について!!!すみません、、、度忘れしました!!! 新幹線について②つ教えてください~。。。 ①むかし新幹線「こだま」で青色以外に、、、緑色の新幹線がありましたよね!!! 緑と青では何が違うんでしたっけ??? ②初代「ひかり」はまだ走ってますか???(レールスターとかではなく最初の・・・) 「ひかり」にも緑色ってありましたっけ??? お願いしまーす!!!

  新幹線・「こだま」「ひかり」について!!!の詳細

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東北新幹線 切符の払い戻しについて

切符の払い戻しについて「はやて東京フリーきっぷ」について教えてください。 本日有効の東北新幹線 東京駅(20:04)発 八戸駅(23:00)着の切符なのですが、 乗車券は3月26日まで有効ですが、特急券は本日限りの場合は払い戻しはどの様になるのですか?

  切符の払い戻しについての詳細

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東北新幹線 全国の駅のホームドアの設置状況について調べています。

全国の駅のホームドアの設置状況について調べています。この間、ベビーカーで電車に乗ろうとしたら扉にはさまれて動き出しちゃって…なんていう事故がありましたよね。あと、電動車椅子が暴走しちゃってあわや転落なんていう事故もありました。電車に乗る時に、駅にホームドアがあればこういった事故は防げると思いますし、子連れでも安心して鉄道が利用できますよね。ところで、このホームドアですが、現在どれくらいの駅で設置されているのでしょうか。ネットを探しても、なかなかまとまった情報がないので、一覧表みたいのがあれば探しています。

  全国の駅のホームドアの設置状況について調べています。の詳細

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東北新幹線 鉄道好きの子供と夏休みに東海地区から盛岡まで行って、帰りに寝台を使って帰って...

鉄道好きの子供と夏休みに東海地区から盛岡まで行って、帰りに寝台を使って帰ってこようという家族旅行を企画しています。先だっての地震でプラン変更を余儀なくされました。良いプランがありましたら教えて下さい。当初の企画ではザッとですが。。。名古屋(N700)~東京(MAXやまびこ)~福島(はやて)~盛岡(泊)盛岡(こまち)~秋田(日本海)~大阪(近鉄)~名古屋というような感じです。子供は寝台に乗りたいようで、代替のプランで良いものがありましたら教えて下さい。函館まで足を伸ばし、北斗星あたりを利用するのが妥当でしょうか?ちなみに1日目の宿泊は盛岡に決定済みです。

  鉄道好きの子供と夏休みに東海地区から盛岡まで行って、帰りに寝台を使って帰って...の詳細

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